ロスト・レター
かの人へ
月明かりが満ちた夜、貴女は別れましょうと言いました。私はこくりと頷いて、只の一度も振り返る事なくその場を後にしたのです。
あれから、貴女はいかがお過ごしでしょうか。
共に在ったあの頃の事を思えば、私は、貴女に幸せになってほしいと思う反面、未だに孤独であってほしいと願うのもまた事実でございます。
人の心というのは寂しいものです。愛しても、笑い合っても、いずれは皆ひとりぼっちで死ぬというのに、どうして他人様の熱を求めるのでしょうか。
私は今年で三十二歳になりました。二十代の頃は、『大人になった自分はもっと大人だと思っていた』等と幼稚なことを考えておりましたが、この歳になると、もうそのような事は思いません。
『子ども』ではなく『未熟』なのだと、社会の荒波に揉まれるうちに学んだからです。
私の記憶の中の貴女もまた、あの頃は未熟者でした。
くだらない事で一喜一憂して……けれども、私はそんな貴女の様々な表情が愛おしかった。きっと貴女も、そうなのでしょう。
あの頃と比べれば、私たち二人とも『一人前の大人』に近づいていることと思います。完璧にはまだ遠いかもしれませんが、日々成長はしているでしょう。
今現在の、私の知らない貴女に会いたいと思う事もございますが、お誘いすることはありません。恐らくこれからも無いでしょう。
私達は、あの頃愛し合っていました。未熟者であるお互いを補うように愛し、愛されていたあの日々を、私は今でも、美しいと感じております。
むやみに再会して落胆せぬよう──貴女と私の形が変わり、不整合となったことを実感せぬよう、尊い思い出のまま、伏せておくつもりです。
来週、私はフランスでパートナーの女性と挙式をあげます。
ここまで読んだ貴女は恐らく、今でも私が独り者だと思っていたことでしょう。妬いてくれましたか?そうだと少し、嬉しいのだけど。
私の恋人は、私が好きよと言うと、アイラブユーと応えてくれます。フランス人なのにアメリカかぶれで、なのに日本人の女を選ぶ、かなり変わったお方です。
前途多難に見えますか?そう思われても無理もないでしょうね。国籍、性別、彼女の個性。目立つ不安要素が三つもありますから。
けれど、仮に彼女と別れても、悔いることはありません。貴女との別れと同じように。
私からお送りする手紙は、これで最後になります。
どうぞお身体をお大事にしてください。今後ますますのご活躍をお祈りしております……だなんて、まるで企業のお祈りメールのようですね。貴女からお見送りされたのは私なのに。
大好きでした。有難う。来世でも、私は貴女を好きになってしまうでしょうが、その時は遠慮なく振ってやってくださいね。
まもなく、フランス行きの飛行機が離陸します。この手紙は、向こうで撮った写真と共にお送りします。
──あの頃の片割れから 愛を込めて