ラスト・シーンを飾るなら
静かな海の向こう側で、点々と街の灯りが見えている。
波の上では小型の船が汽笛を鳴らし、ボウ……と鈍い音が響いた。
右手には大きな赤い橋があり、時折、車が走っていった。
真冬に近い時季。髪を揺らす夜風が肌に凍みて、私は襟のボタンを一つ閉じた。
「誰も居ないねえ」
柔らかく、間延びした声で彼女は言った。
淡い灰色のファーコートを着ている彼女は、私よりもずっと温かそうだというのに、私のポケットに手を入れて暖を取っていた。
「そうね」
私が端的に応えると、彼女はこちらに身を寄せてきた。
何かを期待しているような眼差しが、私の横顔に注がれている。
静かで、親密で、美しい景色。
今日の昼間にお揃いで買ったペアリングが、月明かりに照らされキラリと光る。
こういうシーンを、人々はロマンチックだというのだろう。
(一般的には、ここで愛しているというべきなのかしら)
彼女の醸す甘い雰囲気と相反して、私は酷く、心が冷めているのを感じていた。
彼女に幻滅したとか、飽きたとか、そういうことではない。
むしろ私は、彼女の甘えん坊でちゃっかりしている所は気に入っていたし、愛しいとも感じていた。
けれども、いざ恋愛らしい場面に立ってみると、本当に自分は彼女を恋人として好きなのかどうか、分からなくなってしまった。
若さ故の勘違い、行き過ぎた友情……そういったものが、私を、そしてもしかすると彼女をまでも、同性愛などという可笑しな関係に至らしめてしまったのではないかと思った。
いつか、もし彼女の目が覚めたら、正しく異性のパートナーを見つけて、私は置き去りにされてしまうのだろうか。
共に過ごした幸せな思い出も、浮かれた青春時代の痛い歴史として、無かったことにされてしまうのだろうか。
それとも、恋人を置いて去ってしまうのは、私の方なのだろうか……。
そんなことを考えているうちに、柔らかい何かが、私の唇を掠め取っていった。
彼女は悪戯な笑みを浮かべて、「奪っちゃった」などと宣っている。
私が曖昧に笑うと、彼女は、私の身体を深く深く抱き締めた。
「ねえ。いっそ、今が終わらないうちに……ふたりで海に沈んじゃおうか」
秘め事のような囁きに、何故だか涙が零れ落ちた。
整理しきれない感情の灰汁──憂いも、惑いも、迷いすらも。
きっと彼女は、私の全てを知っている。