確信に至る誘い

両性愛者?の私にとって、彼女の距離感は少々辛いものがある。
クエスチョンマークを付けたのは、自分がまだ両性愛者だと確信できていないからだ。
幼い頃、一番身近だった男性である父親が、ギャンブル中毒・浮気症・放浪癖の三重苦を兼ね備えていたものだから、自然と男に幻滅し、女に逃げたのかもしれない。
けれども、女性の身体に性的な関心を抱くのも本当だったし、その一方で、普通に男性と付き合うこともあった。
だから、あくまで『両性愛者?』の段階なのである。

話が逸れてしまったが、本題は私の性癖ではなく、彼女との距離感のことだ。
社交性のある彼女は、普段から様々な人と広く交流していた。
可愛らしい顔立ちをしている上に、何かと気がきくものだから、友情・恋愛どちらの面でも、彼女はよくモテる性質だった。
好意は行動で表現するタイプのようで、気に入った人間にはボディタッチをすることが多かった。
かといって、他人のパーソナルスペースに土足で踏み込んでいる訳ではない。きちんと相手の反応を窺った上で、手を繋いだりハグしたりなど、許される範囲の触れ合いを楽しんでいた。その辺り、彼女は人の心を読むのが上手いのだ。

私に対しても同様で、仲良くなってしばらくすると、彼女は接触を試みてきた。
初めてのスキンシップは、軽く腕を組むというだけのものだった。
少なくとも、そのときは彼女に他意は無かったはずだ。よくある仲良しごっこの一環で、日常的な、とりとめのない行為だったのだと思う。
けれども、どうやら私はその何気ない行為に、たいそう過剰に反応してしまったらしい。
腕に当たる彼女の豊満な乳房、緩く巻かれたヘアから香るフレグランス、今までは気がつかなかった繊細な睫毛などに狼狽えているうちに、私を見つめる彼女の瞳が、みるみるうちに魔性の色へと変貌したのを覚えている。

それからというもの、彼女と私の関係性は変わった。
傍目に見れば仲の良い友達同士にしか見えないだろうが、実際は違う。
彼女は事あるごとに私に近づき、距離を詰め、露出した肌の上に指先を滑らせ、柔らかい身体を密着させて、意味深に語りかけてくるのだ。
私は男ではないから、これはおかしな例えだとはおもうが、まるで童貞を弄ぶ淫魔のようである。
その蠱惑的な所作が、どれほど私を動揺させるのか分かっているのだろうか。
いや、分かっているのだろう。人に意識されるのが満更ではない人間はごまんといる。彼女もまたそのうちの一人で、私の焦燥を玩具にして愉しんでいるのだ。

終業を告げるチャイムが鳴る。今日もまた、彼女は私の元へやってくるだろう。
平時より多めに折ったスカートから生々しい脚を晒け出して、私がきちんと反応しているか確かめながら、あらゆる手段で私を堕とそうと仕掛けるのだ。
もし私が理性を手放せば、彼女は応えてくれるのだろうか。

(そんなわけないか)

馬鹿馬鹿しい思考を打ち消して、私は勉強道具を鞄にしまった。
私が面白くなくなれば、どうせ彼女は他に行く。期待するだけ損というものだ。分かってはいる、のだが。
無責任な女のアプローチは、極上に甘美な毒林檎のようなものだ。
手放せずにいる私は、さながら飢えた貧民である。